今思えばADHD傾向があったのかもと思う僕の子供時代

コラム

僕は学生時代に周りよりも極端に劣っていたり、周りと違うなと思った事はありませんでした。
しかし、社会人になり仕事をし始めたあたりから他の人よりもうまく出来ないことが増えていきました。

僕のように大人になってからADHDかもしれないと思うような人は多くいます。
そう思ってから過去を振り返ると、案外ADHDのサインだったのかもしれないなと思える行動がありました。

今回は僕が学生時代にしていた行動を振り返りたいと思います。
(実際にこれらの行動がADHDと直接紐づいているのかは専門医ではないのでわかりませんが、参考程度に見てください。)

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席でじっとしていることが苦手

学生のころは卒業式の練習があったと思います。
基本的に卒業式ってずっと同じ姿勢で座っていなければいけないじゃないですか。

それが僕は苦痛で苦痛で仕方ありませんでした。
静止していると体の色々なところが痒くなってしまって動いてしまうんです。
それで動きすぎてよく先生に注意されたことを覚えています。

当時はよくみんな動かずにじっとしていられるなと思っていたんですが、今思えばADHDの多動性の面が出ていたのかもしれません。
今もずっと同じ姿勢で座っているとストレスが溜まってきます。
映画を見るのは好きですが、2時間も座っていると何度も足を組み直してしまいます。

遅刻ギリギリに登校することが多かった

小学生から大学生になるまで治りませんでしたが、僕はかなり遅刻ギリギリに登校することが多かったです。
当時はズボラな性格なんだなって思いましたが何やかんやでギリギリ間に合っていましたので特に気にはしていませんでした。

おそらくこれも順序だてやスケジュール管理が苦手なADHDの特徴からかもしれません。
改めて考えてみると何時に学校に着くためには何時に家を出ればいいのか考えることが出来ませんでした。
それなのでいつも家を出るときには急がないといけない時間になっているんです。

数学で、明確な数値があれば簡単に答えることができるのですが、それを頭で考えて行動に移すことが出来なかったんです。

集中しすぎて周りが見えない

小学生の頃にクラスみんなで針金を使って一つの作品を作るという授業がありました。

僕は何かを作ることが好きだったので楽しかったことを覚えています。
テーマが「昆虫の世界」だったので、僕はコーカサスオオカブトを作っていました。

作り始めるまでは良かったんですが、途中から集中しすぎてしまい有限だった針金を必要以上に多く使っていました。
最終的には針金が足りなくなってしまい、自分が作ったコーカサスオオカブトを一部解体しなくてはならなくなり、大泣きしたことを覚えています。

当時はそういった経験から自分は「負けず嫌い」なんだなと思っていましたが、実際はそういうわけでもなく、ただ過集中しすぎてしまっていたんだなと思っています。

まとめ

僕は大人になってからADHDかもしれないと思い始めましたが、過去を振り返ってみると子供のころにもその傾向があったんだと思います。
自分の過去を振り返ってみると案外新しい発見があるかもしれません。僕は過去を振り返ることで子供の頃の自分がしていた不思議な行動の謎が解けたようで少しスッキリしました。

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